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2026年5月5日火曜日

長安のライチと木綿の花

 


先日、ミニシアターでリバイバル上映していた「長安のライチ」という映画を見てきた。

良かった。すごく良かった。

コメディ映画と思ってあまり事前情報を入れずに見に行ったのだが、ほどよく政治への皮肉も入っていたりして、バランスの良い映画だったと思う。

特に、ネタバレになってしまうが、ラスト近くで長安の大通りを主人公が一騎で駆け抜けていくシーンが良かった。皇帝と楊貴妃のために生のライチを運んでいるのだが、途中で賊に邪魔され、残っているのは小さな壺に入る程度の数だけ。しかし、奥さんに取ってきて欲しいと言われた木綿の花は、肌身離さず持って帰ってきており、賊に襲われた時に破けた袋の隙間から、何百何千という真っ赤な花が、主人公が駆け抜けた後に舞い散る、美しいシーンであった。


あと、中国から来ている留学生や中国文学の研究者に話を聞いてみたいと思った箇所がある。

主人公が長安が陥落したという話を伝え聞いて、ライチを食べながら涙を流すシーンである。前半に主人公の友人として杜甫が出てくるため、「あ、これは国破れて山河あり、の詞から来ているやつだな」と思ったのだが、この展開というかストーリーの置き所というのは、中国では良くあるものなのか、気になってしまった。


例えば、ジブリ映画の千と千尋の神隠しで、最後に湯婆婆が「この中に両親はいるか」という問いかけをしているが、これは魔女が出てくる物語では良くある問いかけで、ジョジョの第4部でも同様の問いかけがあったと思う。そのため、その答えについて、観客や読者の中には予想が付いた人も多かったと思うのだが、「国破れて山河あり」の場合はどうなんだろう?良くあるタイプの終わり方なんだろうか?杜甫が出てきた時点でラストの予想がつく人もいるのだろうか?と思ってしまった。


あまり映画を見ないのだが(一つ前に見た映画は「どうすればよかったか?」である)、この映画は時間をやりくりしてでも観て良かった映画であった。またこういう出会いがあればいいなぁ。

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